旅をして、己の魂の声を聞く
『謎のちょびヒゲ中国人』起業の学校の第一期生の同級生の中には、栗本慎一さんをそう呼ぶ人もいる。でも、正真正銘の日本人。中国清朝アンティーク家具の店「妙見堂」のオーナーであり、オリジナル雑貨の企画・製造・輸入・卸販売を行うichi-companyの代表でもある。起業の学校の同級生である肥後葉子さんは栗本さんを学校のムードメーカーだったと話す。
「クラスの中で、栗本さんは数少ない起業していた人だったんですが、場を和ませてくれたり、難しい雰囲気を笑い飛ばしてくれました。それに、彼なりの人生経験で背中を押してくれました。相談すると、まずは一旦受け止めてくれて、それもそうだね、だけど、こういう考えもあるよね、と別の意見をくれる。引き出しが多いんでしょうね。安心して、また彼の人柄もあって、卒業した今でも気安く相談できる存在です」
子どものころから頭を使うより体を動かすことのほうが得意で、起業の学校のワークは鉛筆を持っても答えが出なくて苦しんだという栗本さん。20代後半に世界各国を旅した経験がワークに重なる。旅を通して自分なりに見つけた答えが栗本さんの今につながっている。
「ワークは苦手だったけど、授業の後によく飲みに行ったね。放課後に学ぶことって多いじゃないですか。それと一緒。授業で習ったことについて、場を代えて話し合うことで理解も深まる。生徒だけでなく先生もつきあってくれたのがうれしかったですね」
何でも知りたい、見てみたい、自分で体験したり体感したいと栗本さんはいう。
「僕の場合は、自分で実体験しないと納得できない。疑い深いんだろうね。人がおいしいといっても、自分で食べてみないと本当においしいかどうかわからない。人がダメだということも、本当にダメなのかやってみないとわからない。やってみて本当にダメなこともあるけど、実際はそうでないこともたくさんある。遠回りすることもあると思うけど、人がそういうからではなくて、自分はどう思うのか、自分はどう感じるのか、自分基準で判断したい。そのためには、たくさんのことを実際に体験したり、知らないとできないからね」
日本がもっと好きになった
10代のころから、自分は何ができるのか、どうしたいのかがわからず、学校卒業後もホテルや旅行業、アパレルなど、さまざまな仕事に就いた。
「仕事はそれなりにやって面白かったんだけど、どれも自分が一生やる仕事には思えなかった。ただ、外国には子どものころから興味があった。たくさんの外国人と接する職場にいたとき、自分にぴったりの、ずっとできる一生の仕事は、もしかしてこういうところにあるんじゃないかと思い始めたんです」
そして、自分探しの旅に出た。何をしたら、自分の魂が喜ぶのかを見つけるために…。アメリカ、メキシコ、香港、東南アジアをまわって中国へ。
「1〜2年は日本には帰って来なかったかなぁ。旅行中は楽しかったよ。辛いことも含めて楽しかった。生きている実感があった。今はインターネットで常にどこにいても世界中と連絡がとれるけど、当時の連絡手段は手紙やたまの電話だけ。そのアナログさが、自分と向き合うことができて、自分探しができたんだと思う」
バッグパッカーはパイオニアでもあると栗本さんはいう。知らない土地へ行くのはとても勇気がいる。ガイドブックに載っていないところへいくのだから、何も情報がない。でも、それが本当の旅だという。
「ガイドブックに載っている美味しいお店より、現地の人が行列をつくる屋台やローカルな店の方が僕は美味しいと感じることが多かった。本当にうまい。そういう情報は現地に行かないとわからない。現地で本当の情報を得ることで、ものを見るとき、それがどのレベルなのか、自分なりにわかるようになる」
旅に出ることで、日本をいかに知らないかを知った。日本のよいところがよく見えた。そして、日本はなんておかしな国なんだろうとも思った。今まで池しか知らなかった人が海を知ったとき、海を知ってよかったという人もいれば知らない方がよかったという人もいる。それでも、もちろん知ったほうがいいというのが栗本さんの考えだ。
本物との出会い
自分探しの旅から帰ってすぐ、栗本さんは中国に1年間留学した。行ったところは雲南省。中国の奥地で、なるべく外国人や日本人のいないところに行きたかった。
「当時、中国語はほとんど喋れなかったんだけど、どっぶり中国に漬かりたかった。朝から晩まで中国語漬け。まじめに学校へ行って中国語を勉強したのは最初の半年間だけだったけど、日常会話くらいは身につけた。後半は実践で身につけるハメになった(笑)」
外国に行くとき、語学はできたほうがもちろん得られるものは多い。うまくなくてもいいので、一言、二言、会話が交わせるだけで、全然違うと栗本さんはいう。
「僕も、行く先々の国の『こんにちは』『ありがとう』『さようなら』『すみません』『1、2、3』だけは覚えました。もちろん、複雑な話はできないけれど、コミュニケーションは言葉だけじゃないから、この5つぐらい言えれば気持ちのやりとりはできるからね。旅の内容が全然変わって来るよね」
旅に出て、本物を知った。そして、美しいものが何であるかを知った。
「本物には心がある。そして、美しい。景色であったり、人であったり、物でもなんでも、美しいものには人の心を穏やかにしてくれる安らぎがあることを、旅で僕は知ったんです」
現在、名古屋市内にアンティーク家具・オリジナル雑貨の店を持つ栗本さんだが、すべて中国全土を駆け巡り自分の目で確かめ、自分のテイストに合った物だけを仕入れている。単に古いものというのではなく、見る人が見れば唸るようなものばかり。一言でいうとマニアックなものなのだそうだ。
「初めての展示会を東京銀座でやったときに、とある在日中国人ドクターから『お宅の商品は、特別だね。どうやって見つけてきたのか…素晴らしい!』といわれたんだけど、ちょっとうれしかったね」
扱っているのは家具や小物だが、それらを通して、安らぎや安らぎの空間を売っているのかもしれないと栗本さんは思うようになってきた。今は自分一人で事業を行っているが、今後は何か新しい展開もしたいと考えている。
「起業の学校で習ったワークを自分なりにもう一度やり直そうと思っているんですよ(笑)」
1から10まで楽しいことなんてありえない。楽しいことをやるためには、楽しくないことももちろんやる。それを含めて本当に楽しいと思える人生を送りたいという栗本さん。知りたい、学びたいという好奇心を満たし続けるために、人生という旅を生きていく。
取材・文/ほしかずみ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
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