「社長」を「業」として〜社会の循環を支える〜
取材のため伺った株式会社フェアウインドの事務所。エレベーターを降りた瞬間に目に飛び込んできたのは、深々とお辞儀をして出迎えてくれる堀江公仁子さん、その人だった。
案内された事務所は、「ソフトウェア開発」という業務を象徴するように何台ものパソコンが並ぶ空間。が、そんな中にもあちこちに飾れている観葉植物に堀江さんの気配りが表れている。
2000年に創業してから丸7年が過ぎた。当初堀江さん一人だった会社も、いまや社員17名を抱えている。
自分一人で、あるいは数名の仲間たちと業を起こし、新しい価値を社会に提供する・・・、それが多くの起業家の出発点。その後、組織をより大きくしていくことも、あえて小さく留めておくことも、それは人それぞれの選択だ。堀江さんはあえて組織をつくり、その中で社員を育んでいくことに使命を覚えた一人だ。
「業界に固執したのではなくて、土台とか枠組みをつくることに興味があったの。それもしがらみの無い若い世代で、と考えたらITだったの」。と語る堀江さん。経済の本質が、「循環」ということならば、その循環を支えるインフラの一つとして、そこに新しい価値を注ぎたいというのが堀江さんの願いだ。
作業から仕事へ、そして起業へ!?
出版社での新入社員時代。「上司にも恵まれて、随分鍛えてもらいました」と当時を振返る。そこで交渉やタイムマネジメントなど社会人としての基礎を覚え、また進取的な会社であったためコンピュータのダウンサイジングの流れも間近で感じることができたという。そんな充実した日々を送っていた堀江さんだが、ある日ふと気づいたという。「他人から与えられている以上、どんなに困難であっても、それは仕事じゃない。作業だ」と。
その後、企画・秘書・・・などの職種を経験するが、時代はちょうどコンピュータが企業でも家庭でも一般化していく時期。そんな中で、「なんとなくコンピュータに興味を持って」コンピュータベンダー企業に転職。その後その会社で培った経験と知識を元に、独立系ソフトハウスに経営に携わる立場でまた転職をするのだが、ここでの経験が会社を興す大きなきっかけとなる。役員として、名古屋営業所の立ち上げに奔走していた堀江さんだが、本社の経営陣との意見の相違から「起業」を意識し始めたのだ。
「ちょうどその頃に、起業支援ネットの前身、ワーカーズエクラが主催する女性のための起業講座に参加しました。最初は企業内起業を模索していたのだけれど、状況がそれを許さなくて結局退職。でもまさか自分で立ち上げるとは思っていなかった」。
取材時には、当時堀江さんが取り組んだワークの数々が用意されていた。当時講師を務めていた起業支援ネット代表理事の関戸はその頃の堀江さんのことをこう振り返る。
「とにかく反応のいい生徒だった。でも、教えられたことをそのまま受け取るというタイプではなかったわね。情報を一旦自分で咀嚼して受け取るという姿勢が徹底されていた」。
当の堀江さんはというと、「“やりたいこと・できること・社会から求められていること”は何?というチョー難問を突きつけられて(笑)。器用貧乏っていうのかな、何でもそれなりにこなしますっていう自負はあるんだけど、「これ!」っていうのが特になくて、そんな自分に何ができるんだろうって登校拒否?になるくらい悩みました」とのこと。今でも、そのシート類は「お守り」として、持っているそうだ。
行間を読みながら人を育てる
その後、7年間、順調に社員を育成し、業績を伸ばしてきたように見える堀江さんだが、辞めようと思ったこともあったという。
「起業して3年目のこと、納期がぎりぎりで、社員に24時間3交代の勤務体制をさせたことがあったんです。社員にこんな過酷な体験をさせるために起業したんだろうかって・・・」。その3ヶ月間、社員からの報告がいつでも受け取れるよう携帯電話を握り締めて、仮眠しかとれない日々が続いたという。「その頃からかな。いつまでも起業をしたばかりのつもりでいちゃいけない。経営者としての基盤を整えて、“継続”していかなければと痛切に意識し始めたのは」。
ただ、そんな経験を積み重ねてきた中での成果の一つは、苦しい日々をともにしてきた社員が育つとともに、会社を取り巻くステークホルダーが変化してきたという手ごたえを感じることができる喜びだ。
「これまでマネジメントは自分、社員は開発者というスタイルを通してきたけれど、その間に立てるマネージャークラスが育ってきたのでこれからは組織らしくなります。それが本当に嬉しい」。
堀江さんの思い描く理想の組織形態は、トップはお客様と日々接し現場をよく知る社員、その下に社員を支えるミドルマネージャー層があり、更にその下が社長という逆ピラミッドだ。人材が育ち、その逆ピラミッドの深みと安定感が増していくプロセスは、堀江さんが常々口にしている「世代間継承」、つまり先達から受け取った有形無形様々な資源を次の世代にバトンタッチしていくという営みが着実に行われている証だろう。
ソフトウェア開発という仕事柄、社員がクライアント先に駐在して仕事をすることも多く、メールのみで報告や指示などのやりとりが続くこともある。が、そうであっても、堀江さんは社員のわずかな変化を見逃さない。
自らを律し続ける強さ
経営者になると、誰も自分を叱ってくれなくなる。そんな中で自らをいかに律していくことができるか・・・という課題は多くの起業家・経営者に共通するものではないだろうか。
堀江さんは「フェアウインドという会社が“自分のもの”という意識は意外なほどないんです。むしろ、社会からの預かり物という感覚かもしれない。だからちゃんとやらなきゃって」とさらりと語る。よく“企業は社会の公器”と言われるが、堀江さんの想いもきっとそれによく似ているのだろう。「よく、個人堀江と社長堀江が頭の中で議論したりしますよ。ほんとにこれでいいのか、この選択で間違ってないかって。傍から見たらちょっと怖いかもしれないけど(笑)」。
堀江さんにお会いするたびに、その凛とした美しさとともに、周囲への感謝の気持ちを忘れず、また自らの不足を常に意識して学び続ける姿勢に惚れ惚れとしてしまう。ITという業界の中では、数少ない女性経営者で、「心ない言葉を浴びせられたこともたくさんあったけど、女性だから目立って得したこともあったから」と意に介さない。一方で、自分が関わる周りの人がハッピーであるかという点に対しては、労をいとわず、とことん心も時間も投資する。
そんなハンサムウーマン・堀江さんの周りには、今確かに既存の経済という枠組みを超えた、新しい価値の循環がはじまっている。
取材・文/久野美奈子 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
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