コミュニティフォト〜心をつなぐ写真を目指して
会報aile76号(2010年11月号)

写真工房ゆう 河内裕子さん

河内裕子さん

写真工房ゆう

1950年東京生まれ。大阪市立工芸高校写真工芸科・京都工芸繊維大学短期大学部写真工学科卒。1987年から15年間、ホテル写真室、大手貸衣装店で ブライダル撮影に携わる。
2002年 「写真工房ゆう」を立ち上げ“地域密着型の幸せ実る写真館”として起業。
光・色・イマジネーションから一瞬をとらえる直感と自発性を操る写真を通し、命にこころをくばることを目指す。写真技能士、日本フォトセラピー協会所属。

事業概要
写真工房ゆう
愛知県名古屋市緑区
TEL:090-2619-3805
E-mail:shashin-koubou-yu@y8.dion.ne.jp
URL:http://maternitygrandma.blog100.fc2.com/
事業理念 五感を活性化し心をつなぐコミュニティフォト
事業内容 ◎ハウス・スタジオまたはロケーションにてポートレート、ブライダル、マタニティフォトの撮影など
◎フォト、リラクゼーション写真展企画
◎五感を活性化し自分さがしのフォトセミナー開催

コミュニティフォト〜心をつなぐ写真を目指して

 名古屋市緑区の閑静な住宅街の一角に「写真工房ゆう」はある。その代表・河内裕子さんの自宅のリビングを使った写真スタジオは、まるで友人の家を訪れたようなくつろげる空間だ。

 写真を生業として20年あまり。河内さんは、「その人ならではの自然な表情」にこだわり、カメラのファインダー越しにたくさんの人を見つめ続けてきた。

 現在、精力的に取り組んでいるのは、妊婦さんを対象とした“マタニティフォト”。命を育む女性の美しさを記念に残すという取り組みだ。

「自宅にスタジオがあるということ、わたし自身も3人の子育てをしてきた経験があるということ。この二つを活かそうと考えた結果、たどり着いたのがマタニティフォトだったんです」。

新しく産まれる命を一緒に祝福したい、妊婦さんとの関わりをもつことで、出産や育児の不安や孤独を少しでも軽減したいというのも、河内さんの願いだ。

 

手に職を〜写真との出会い

河内さんが写真を専門的に学び始めたのは、高校生の時のこと。父親からの「これからは女性も手に職をつけた方がいい」という勧めもあり、全国でも珍しい、写真工芸科のある高校に進学した。

「カメラや写真にものすごく興味があったわけではなかったんです。高校を決めたのも、高校の文化祭で見た軽音楽部がすごくかっこよかった!という理由ですし(笑)。でも、授業はとても面白かった。様々なカメラの構造や現像の方法などを学ぶうちに、あ、写真って面白いなと。性に合っていたんでしょうね」。

 高校卒業後は、写真の現像工場で働くことが決まっていた。ただ、就職直前の工場での実習で河内さんは大きな失敗をしてしまう。

「手に持っていたフィルムの束をばっさり床に落としてしまったんです。フィルムに傷がついたら取り返しがつきません。やってはならないことをしてしまったんです」。

現像の仕事は向いていない…。そう思った河内さんは、就職を取り消してもらい、事務職として親戚の商売を手伝いながら、1年ほどを過ごした。

 ある日、同窓生たちと卒業した高校を訪ねたときのこと。同窓生の一人が、先生に大学進学を相談しているのを耳にした。京都工芸繊維大学短期大学部の夜間コースに写真工学科が設置されたというのだ。もう一度写真を学びなおしたい。そう思った河内さんは進学を決意、推薦で大学に入学することができた。昼間はカメラ店で働きながら夜間大学に通った。

 いつかは写真を糧に独立したいとの想いはあったが、まずはお金を貯めようと考え、大学卒業後は、輸入フィルムを扱う商社に営業アシスタントとして就職するものの、その後職場結婚をして退職。何かやりたいと思う気持ちを抱きながらも3人の子育てに専念する日々がはじまった。

 

ブライダルカメラマンとしての出発

 そんな河内さんに転機が訪れたのは、一番下のお子さんが3歳になった頃のこと。夫が心身の調子を崩してしまったのだ。

「夫が仕事をやめたいと思ったときに“いいよ”と言える状況にしておかなくては、と思ったんです」。

たまたま新聞で、ホテルで結婚式のカメラマンを募集していることを知った。

「これ、いいじゃん!って直感的に思って、即応募しました」。

 河内さんにはそれまで「写真を撮影すること」を仕事にしたことはなかった。しかも、結婚式の写真撮影という非常に責任の重い仕事だ。不安はなかったのだろうか。

「はじめて仕事に行ったときに、あ、やれるな、って思いました。確かに仕事として撮影をしたことはなかったのですが、高校・大学と学んできたおかげで基本は全て身にしみ込んでいたんでしょうね」。

平日は主婦、土日はカメラマン。1週間フル稼働の毎日がはじまったが、不思議と辛さは感じなかったという。

 その後、夫の転勤で名古屋に住まいを移してからも、ブライダルカメラマンとしての仕事は続けた。当時は神式・和装での挙式が中心。ホテルでの挙式がメジャーになってきたこともあり、1日に10件近くの式が行われ、分刻みでスケジュールが進んでいく。河内さんは神殿でのスナップ撮影と写真室でのアシスタントとして大車輪で活躍した。

「そういう意味では写真を撮るだけの仕事ではありませんでした。挙式やお色直しのスケジュールを把握して、場が円滑に進むようにするためには何が必要かを判断して動く、ということをその時期に叩き込んでもらったんだと思います」。

当時まだ幼かったお子さんとは、結婚式が行われない仏滅の土日だけがふれあいの時間。

「子どもたちも頑張ったと思います。今になって、あの頃は大変だったんだよと言われて、悪かったな、と思うこともあります」。

 

一家を支える決意と覚悟

 そんな中、夫がついに仕事を退職し、2年間ほど心身の調子を整えながら次の仕事を探す期間が続いた。退職金があったため当面の暮らしに困ることはなかったが、一家の収入は河内さんの細腕にかかっていた。タイミング良く新しくできたホテルの写真室に正社員として勤務することとなったが、そこでは上司に恵まれなかった。女性であるという理由で、カメラマンとして扱ってもらえなかったのだ。容赦なく浴びせかけられる暴言の数々に河内さんの心は大きく傷ついたが、暮らしを支えていくためには辞められない。悔しさをかみしめながら、3年間は耐え続けた。

 その後、成人式や結婚式の衣装を扱う貸衣装店にカメラマンとして勤務した。成人式の前撮りでは1カ月100組の撮影もこなすという激務の一方、空き時間には接客や縫製の仕事もしなければならなかった。

 「正社員として働くってそういうことか、とも思いましたね。わたし自身が体調を崩したこともあり、正社員はやめて、カメラマンとしての契約に切り替えてもらいました」。

 正社員ではなくなったことで時間的な余裕ができた。これからどうしていくかを少し真剣に考えたい、と思っていた頃出会ったのが起業支援ネットの無料相談だった。

「関戸さんに“世の中にたくさんのカメラマンがいる中で、お客さんが河内さんのところを選ぶ理由はなんなの?”と聞かれて。あぁ、そうか、ちゃんと理念やコンセプトを明確にしなければいけないんだな、とその時にはっとしました」。

起業道場や起業&ブラッシュアップセミナーに参加しながら、自分の写真は誰のどんな役に立つのだろう、写真を使ってどんなことができるんだろうと考えるようになった。

 

起業するという選択

 2002年、写真室等の契約カメラマンも続けつつ、「写真工房ゆう」という屋号で起業。自宅をスタジオにして、家族の記念日の撮影やセミナーの開催などにも取り組みはじめた。この頃から起業支援ネット会報誌エールの表紙の写真撮影にも携わるようになる。

 5年前、長く続けてきた結婚式のスナップ撮影の仕事に区切りをつけることを決意した。

「本当にいろいろな勉強をさせてもらいました。でも、正直体力が続かないな、と感じたんです」。

 結婚式という二度とない記念すべき日。失敗は許されないというプレッシャーの中、少しでも自然なその人らしい表情を撮りたいと河内さんは真摯に取り組み続けてきた。

「仕事中は神経を張り詰めているので、夜布団に入っても、体は疲れているのになかなか寝付けないんですよね。若い頃はそれでも何とかやれたんだけど(笑)、そろそろ卒業してもいいかな、と思ったんです」。

 写真やカメラに関わる環境もこの20年間で大きく変化した。結婚式では若いカメラマンが披露宴に密着して写真をとることが一般的になった。また、カメラもフィルム式からデジタルカメラになり、写真を撮るということが誰にでも気軽に楽しめるようになってきた。

河内さんのキャリアと環境の変化を重ね合わせたときに、じっくりと被写体と向き合いながら、その間に流れる時間も楽しみたいと考えるようになったのだ。

 

ライフワークに取り組みながら次のステージへ

 そんな河内さんのこれからのライフワークは、冒頭のマタニティフォトに加えて、夫婦の写真を撮るという取り組みだ。昨年は「絆の年輪−100組の夫婦の肖像−」と題した個展も開催した。河内さんがこだわるのは、その夫婦の自然な表情を写真に残すということ。だから、撮影もまずはお茶を飲みながらの雑談からはじまる。

「新婚のカップルから何十年も連れ添っていらっしゃる老夫婦まで、たくさんの夫婦の形を見せていただきました。年配のご夫婦を撮影させていただいたときに、雑談の中で普段は寡黙なご主人が奥様への感謝の言葉を言われて奥様が涙ぐまれることもありました」。

写真を撮るという営みが触媒となって、夫婦の間に新しい絆が生まれる瞬間が河内さんにとっても何よりの喜びだ。

 今後はフォトセラピーの分野にも力を入れていきたいと河内さんは考えている。

「写真とは、様々な情報があふれる世界から自分だけの空間を切り取る作業。それが心の癒しやこれからの自分の道筋を発見することに役立ててもらえたら」。

 今年、還暦を迎えるという河内さん。河内さんの歩んできた道のりを思うとき、写真は業であり職であり技だった。家族を支え、時に歯を食いしばりながら、必要とされるものを必死に提供するという日々を乗り越えた今、河内さんの目の前には新しい地平が広がっている。

「70歳までは現役のカメラマンでいたいな」。

そう微笑む河内さんの中は、はじめてカメラを手にした子どものような初々しさと、成熟した女性の穏やかさが無理なく同居しているようだ。

 人と人をつなぐ写真が、今日も1枚、また1枚と河内さんから生み出されている。

取材・文/久野美奈子 写真/木村善則

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