郡上まるごと!福祉のまちづくり 〜求めている人がいる限り「実現」させたい〜
会報aile81号(2011年9月号)

NPO法人りあらいず和 山口佐織さん

山口佐織さん

NPO法人りあらいず和 理事長

岐阜県郡上市生まれ。短大を卒業後、岐阜市内の料理教室に就職。結婚を機に郡上へ戻り、地元高校の家庭科講師、幼稚園、小中学校、特別支援学校の食育講師等を行う。障がいを持って生まれた次男を特別支援学校に通学させるために立ち上げた「養護学校行きスクールバス設置を実現する親の会」の活動をきっかけに、障がい者福祉・高齢者福祉の事業所「NPO法人りあらいず」「NPO法人りあらいず和」を立ち上げる。平成22年に両法人が「NPO法人りあらいず和」として統合。

事業概要
NPO法人りあらいず和
〒501-4203 岐阜県郡上市八幡町初納5-1
電話:0575-65-5582
FAX:0575-65-5627
E-mail:riaraizu10@yahoo.co.jp
事業理念 郡上近隣の誰もが心の扉を開き、みんなで支え合いながら笑顔で生き生きと暮らしていけるよう…
事業内容 障がい者福祉事業(生活介護・就労継続支援A型・短期入所・グループホーム・就労支援事業・日中一時支援事業等) 高齢者福祉事業(訪問介護・福祉有償運送事業・介護タクシー事業等)

 清流長良川をさかのぼること、名古屋から車で1時間半。岐阜県郡上市は、夏の郡上踊りに冬のスキー・スノーボード、そしてトマトケチャップやハム・鶏ちゃんなどの特産品開発で知られる、水と緑が美しい山あいのまちだ。近年高速道路が整備されたことで名古屋や岐阜から訪れやすくなり、この地域になじみのある人も多いだろう。今回取材に訪れたNPO法人りあらいず和は、そんな郡上市の中心から車で10分ほどのところに位置している。郡上で暮らす全ての人々のために、主に障がい者福祉・高齢者福祉の各種サービス提供に総合的に取組むNPO法人として、今回取材にご協力いただいた山口佐織さんが中心となって設立された。

 「りあらいず和の事業概要は?」と聞かれると、一言ではとても言い表せなくて返答に困ってしまう。障がいを持つスタッフが作る地産地消のお弁当の配食サービスを事業のいちばんの柱としながら、障がい児を一時的に預かる日中一時支援事業、ひとりで外出することが困難な方のお出かけを支える介護タクシー事業、そしてヘルパーが自宅へ訪問する訪問介護事業、さらに、グループホームの運営に、特別支援学校へのスクールバス運行、放課後の小学生を対象とした放課後児童クラブの運営など、とても一つの法人で運営しているとは思えないほど、様々な事業に取組んでいる。

 では、なぜこれほどたくさんの事業に取り組むこととなったのだろうか。それぞれの事業はどのような経緯で始まり、どのような想いが込められているのだろうか…

 

次男の障がいをきっかけとして

 山口さんは障がい児の母である。手足に障がいを持って生まれた下のお子さんが中学に進学するころから、山口さんの起業人生はスタートする。彼を特別支援学校の中等部へ自宅から通わせたいと考えていたが、当時の郡上には特別支援学校がなく、市外の特別支援学校まで車で1時間かけて通うしかなかった。そこで、同じように困っている郡上市内の4名の親たちとともに、「養護学校行きスクールバス設置を実現する親の会」を結成。市から払い下げてもらった車両と教育委員会からの就学奨励費を使ってスクールバスを走らせることができた。その受皿として立ち上げたのが現在の組織の前身である「NPO法人りあらいず」であり、法人名には、Realize(=実現する)という意味を込めた。特別支援学校に通いたくても遠くて通えなかった郡上の子どもたちが、毎日親元から通学することが叶ったのだ。

 こうして、スクールバスは文字通りrealize(=実現)したのだが、山口さんは次なる課題に直面する。子どもたちが授業を終えて郡上に帰ってくるのは16時。しかし、親たちの仕事が終わるのは早くても17時なのだ。この間、子どもたちの居場所がない!

「だったら私が自分の子どもと一緒に見ていてあげればいい」

ということで、山口さんの自宅がプチ・デイサービスとして、子どもたちの放課後の居場所となった。しかし、さらなる問題が発生する。

「子どもたちが毎日もう『やりたい放題』で、日に日に我が家が壊れていって…(笑)さすがにちゃんとした場所を用意しなければと思いました」。

 市役所との交渉の結果、閉園した幼稚園の施設をそのまま使わせてもらえることになり、障がい児を一時的に預かる「日中一時支援事業」としてまたひとつ事業が実現した。

 

困っているのは障がい者だけじゃない

 ほどなくして、郡上にも特別支援学校が開校することとなった。遠くまで通わなくてもよくなった反面、これまで送迎のために使っていた車両が余ってしまうという事態が発生する。その車両の有効活用のために始まったのが、福祉有償運送の事業だった。この事業は、障がい者・高齢者の分け隔てなく、一人で外出することが困難な人々のお出かけを支援する事業である。少子高齢化が進んでいることに加え、中山間地域ゆえに公共交通網が発達していないことから、地域の高齢者を中心に大変多くの利用がある。

「この事業を始めたことで、お年寄りも障がいのある人と同じように生活にハンディを持っているのだと気づいたんです」

と山口さん。かくして山口さんの問題意識は、障がい児・者の抱える課題に加え、高齢者が抱える課題へも広がっていくことになった。

 

障がいを持つ人々が郡上市民のお昼ご飯を支える

 一方で障がいを持つ子どもたちは成長し、いよいよ就業というライフステージにさしかかってきていた。しかし、郡上市内にはいわゆる「作業所」や「授産施設」と呼ばれる施設が数軒あるのみで、ある程度まとまった金額の給料が支払われる職場は皆無であった。ここでもやはり山口さんはそれを「実現」させようとする。

「障がいがあってもしっかりお金が稼げる職場を作ろう!」

ということで、彼らの仕事作りを検討し始める。仲間たちからは、パンづくりやお菓子づくりなど、様々な案が出されたが、このなかで山口さんは、福祉有償運送を利用するお年寄りたちの生活パターンがふと思い浮かんだ。午前中に通院などの用を済ませたお年寄りたちは、家に戻る途中で昼食を買って帰ることが多かった。家で作るのは大変だからということなのだが、その買い物先の大半はコンビニであったという。

「お年寄りたちは『コンビニのは脂っこくてあまり好きじゃないんだけど、他に食べるものがないから…』と言っていたのを思い出して、そうだ!宅配のお弁当だ!ってひらめいたんです。」

これならいけると確信した山口さんは早速準備に取りかかる。お年寄りに毎日食べてもらうのだからということで、栄養のバランスには特に気を使い、郡上で穫れた食材をふんだんに使ったおいしいお弁当を開発した。

 しかし、毎日継続的に利用してもらうものだから、安定的にサービスを提供できなくてはいけない。「今日は届けられますが明日はできません」では、継続的に使ってもらえないのだ。県からの補助金も活用して、メニュー開発から働く障がい者の習熟まで、サービス開発にまる1年を費やした。

 現在では1日400食を超えるお弁当を提供するまでになり、障がいを持つスタッフに毎月約7万円の給与を支払うことができている。メインターゲットであるお年寄りたちはもちろん、近頃は市内の企業で働く人たちからもお昼ご飯としての注文が相次いでいるという。また、このお弁当を取っている顧客の中には、障がいを持つスタッフが作っている弁当だとは知らずに利用している人も多いのだとか。「障がいのある人たちが作りました」という売り方ではなく、真の商品力で勝負し、毎日利用してもらえる商品を開発できたことが、ここまで軌道に乗せることができた最大の要因だと言えそうだ。

 

支援を必要とする人がいたら、どんな手段をもってでも取組んでいく

 山口さんは「これをやりたい。次はあれをやりたい!」というタイプの起業家ではない。始まりこそ、我が子をはじめとする障がい児のための事業だったが、そこからは、高齢者をはじめとして、生きづらさを抱えながら郡上に暮らす全ての人々のための事業に発展している。かつて「養護学校行きスクールバス設置を実現する親の会」を結成し、それを実現したことで、我が子が抱える課題はいちおう解決された。しかし、山口さんはそれだけで終わらなかった。他に障がいを持っていたり高齢であったりするなど、何らかの生き辛さを抱えて暮らしている人たちに出会い、彼らが発するニーズを放っておかなかったし、放っておけなかった。地域の人々から持ち込まれる困りごとを、何一つとして「できません」と断らず、それを実現させる方法を考え、ときに採算度外視ででも実現させてきた。

「ここまで大きな事業になるなんて、当時は夢にも思いませんでした。ただ、一つ一つのニーズに応えていたら、こうなっていたんです」

と山口さんは話す。地域の課題・ニーズに徹底して応えてきたことで、いまやりあらいず和は郡上にとってなくてはならない存在だ。

 事業が大きくなるにつれて、働くスタッフの数もどんどん増え、いまや障がいのあるスタッフを含めて50名を超えるという。給与を安定的に出していくことを考えると、「何でも引き受ける」という姿勢も厳しくなることも想像できるが…

「確かに、算盤を弾かなくてはいけないことも多くなっていますが、求めている人がいる限り、その課題には変わらず取り組んでいきます」

と山口さん。

「そして、これからも求めている人・困っている人と出会うでしょうし、その課題にも応えていく…そういう団体でありつづけたいと考えています」。

 現場の困りごとを解決するために、外の資源を持込むのではなく、今ここにある資源を最大限に生かして繋ぎ合わせ、実現へと導く。山口さんの、そんなしなやかなセンスが、これまでの物語の一つ一つに輝いている。

 現在りあらいず和では、法人としての基盤を安定させるため、また、郡上において圧倒的に不足している特別養護老人ホーム・障害者ケアホームを開設するため、社会福祉法人への組織変更を目指している。

「これからも地域のニーズに応え続けるためには、やはり組織の基盤を安定させることが必要です。社会福祉法人になって特養とケアホームを軌道に乗せるまでは私がやらなくてはならないと思っています」

と山口さんは力を込める。

 山口さんの「断らない」精神と、持ち前のしなやかなセンスは、これからも郡上の人々の暮らしを支え続けてゆくことだろう。

取材・文/森建輔 写真/木村善則

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