●愛すべき 尊敬すべき
お年寄り
「もともとは障害児教育に興味があって、養護学校の先生になろうと思っていました。ただ、当時は就職難で教員試験もなかなか受からないということもあり、母の勧めでイギリスに留学したんです」
大西さんが選んだのはボランティア留学。施設に住み込みで働きながら、福祉の現場を学ぶ。イギリス独自の制度で、こうした人たちがいるからこそ、障害者の家庭に24時間ヘルパーを2名体制でつけるといった手厚い福祉サービスができるのだという。
約1年半の留学を終え、帰国した大西さんは特別養護老人ホームに就職した。イギリスの老人ホームでの経験が大西さんを高齢者介護への道に向かわせた。
「一人ひとりが自立していて、自分のスタイルを持っていました。かわいらしい大きな花柄のワンピースを着てキッチンを徘徊していたり、寝たきりの人にも毎朝、お化粧してあげたりするんです。一人ひとりが尊重されていると感じました」
人生の最後の最後だからこそ、疲れたまま最期を迎えるのではなくて、自分の人生もよかったかなと思ってもらいたい。大西さんの切なる願いだ。
「どんなお年寄りにも人生の重みを感じます。いい生き方をされてきた方もいれば、足りないものを足りないまま年をとってこられた方もいます。そんな方には補ってあげたいと思うし、満たされた人をみると、自分もそんなふうに生きていきたいと思いますね」
今のところの自分の人生には十分満足しています、と微笑む大西さんだが、ノイローゼになりそうなほど追いつめられた苦しい時期があった。
●父の介護をきっかけに起業
「物心ついたときから父は躁鬱病を患っていました。子どものころは病気だとは思っていなくて、それがわたしたち家族の日常でした」
介護の仕事を始め、身につけたノウハウで病院や薬の手配など、母親に代わって行うにつれ、父親の介護の比重が大きくなった。ちゃんと介護をしようと思うほど、どんなに介護してもよくはならない父親と、頼る母親の間で、自分がなんとかしなくてはという思いが強くなり、大西さんを苦しめた。
「仕事も介護、家でも介護。苦しくて苦しくて助けてほしいと心が裂けそうになっても、助けてくれるところはどこにもなかったんです」
普通に介護の仕事をしているだけだったら、起業しようとは思わなかったと大西さんは振り返る。
「父のことはマイナスなことだと思います。でも、それがきっかけで事業を立ち上げることができたので、そう思うとプラスでしょ。マイナスばかりみていても気持ちは前向きにはなりません。自分の人生が幸せか不幸せかって、考え方一つだと思うんです」
自分自身の経験から、年齢や病気の有無も関係なく、誰でも預かれるところをつくりたかった。一人ひとりに目のいき届く定員10名という小規模デイサービスにこだわり、重度の認知症の方も受け入れる。介護保険では対応できない急な泊まりや時間外利用もオプションとして用意している。
「今後はお年寄りに限らず、障害者や子どもなど、困っている人や助けを必要としている人に、ちょっとだけでもお手伝いできる体制をつくっていきたい」
●人生を楽しもう
少子高齢化が進む今、大西さんが恐れているのは認知症の高齢者がどんどん増えていることだという。24時間介護の必要な人が年々増加しており、高度な介護技術が求められる中でどうやってそうした人たちをみていくかは、これからの大きな課題となってくる。
「重度の方の場合、常に話しかけてあげないといけないんですが、そういう人たちを介護するには、それなりのレベルが必要なんです。でも、増加の一途をたどる認知症に対して介護する人の数と質が全く合っていません」
介護の仕事は、とても気を遣うし頭も使うという。相手の行動を細かく観察し、心理を読んで自分の行動を合わせていくので、想像以上に疲れる仕事だ。
「年を取って理性や自制心がなくなってくると、わがままとか欲求などストレートに愛情を求めてきます。ただ、子どもと違うのは何年も生きてきた知恵やプライドがあるから、そこらへんが微妙に複雑に表現されているので心理の読み方が難しい。そういう方にどうやったら満足してもらえるか、考えながらやっていますが、それを楽しめないと自分も疲れてしまいます」
認知症が増加している原因としてストレスがあげられているが、発症が若いほど進行が早いという。
「不満やストレスは脳にもよくないみたい。今日は天気がいいねと楽しんだり、家族を愛したり、自分の仕事を楽しいと思うことが大事だなって思うんです」
利用者から、老人ホームをつくってほしいとか、ヘルパーもやってほしいといった要望もある。しかし、大西さんは、自分も周りもそれを必要とする時期と環境が整うときまでは、現在のデイサービスを中心としたサービスにしぼろうと考えている。
「わたしとしては、狭く深く追求していきたいですね。関戸さんがいつも言われている、地に足をつけた事業をしたいと考えています。自分の手から離れていくとそれだけサービスの質も落ちていくので、自分の手の届く、目の届く範囲でやっていきたい」
あったかいスタッフのいる、アットホームな心安らぐ空間、ほっとポケットは、大西さんの目指す介護を実現する場。いつでも困ったときは、あそこに行けば大丈夫。そう思ってもらえる場所をつくりたいという。
中学2年生で福祉の道を志し、高校生のときは社会福祉同好会に入部して老人ホームへ慰問していた少女は、28歳でNPOを立ち上げた。
「介護保険の単位が減らされたりサービスに制限がつくなど、介護事業は今後さらに厳しくなってきますが、やる気のある方にはぜひ起業してもらいたいですね」
高齢者が高齢者を介護しているともいわれる現在、大西さんのような若い世代が立ち上がらなければ、これからの日本の社会は支えられない。
取材・文/ほしかずみ 写
真/河内裕子(写真工房ゆう)
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