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「娘が大学の進路に迷っているんですが、お母さんもね、保育短大を出て、掃除屋さんをやるとは思わなかったよって冗談まじりでよく話しています」
家事代行サービス「メリーハウス」を立ち上げて9年目の稲熊千奈美さん。今年7月、障害児の児童デイサービスを昭和区の1軒家を借りてスタートさせた。
「50年かかって、自分の思いがまとまってきました」
自ら3人の子どもを働きながら育ててきた稲熊さんは、その当時女性の「もう一つの働き方」として起業を支援していた起業支援ネットの前身、ワーカーズエクラの起業相談や起業支援講座に足を運んでいた。そして、お母さんを手助けする仕事がしたいと事業の柱を掃除にしぼって家事代行サービスで起業した。
「関戸先生と出会ったことで起業という道を知りました。人と出会うことで自分の知らないことを教えてもらえます。また、自分の思いが心の中から引き出されていきます。出会いは人を変える力を持っています」
起業して9年、名古屋大学近くの空き家になっている自宅を貸してくれるという1人の友人との出会いが新たな転機となった。起業準備中にヘルパーの資格を取得していた稲熊さんは、そこで老人のミニデイサービスを行うため、昨年12月にNPOを設立し申請した。
ところが、その認可がもうすぐ下りるというときに、新聞で児童デイサービスを知った。すぐさま、見学に行き衝撃を受けた。子どもたちはいわゆる知的障害児。
「なんてこの子たちはかわいいの!こんな素晴らしい仕事があったなんて、わたし知らなかった」
●すべてがつながった
「老人デイも自分なりにアイデアを持っていたんですが、一瞬にしてピョ〜ンって飛んでしまいました」
まもなく認定されるNPOの申請を取り下げ、内容を児童デイサービスに変えて再度申請をしなおした。
「何でもやっちゃいますっ(笑)。でも、想像通りの素晴らしい仕事で、始めてよかったと思っています」
稲熊さんがやりたいことの根底にあるのは、女性支援や子育て支援。家事代行の仕事も同じだ。ところが、家事代行でカウンセラーの資格を活かして子育て相談しますといっても、商売臭くて響かない。もっとも、それを商売にするつもりはなかったが、自分でも掃除屋さんとして子育て相談することに違和感があった。
「NPOだったら、無料子育て相談もできる、ボランティア講座もできる、あれもできるこれもできると、自分のやりたいことの枠組ができたんです」
幼稚園と保育園の両方に勤めた経験、証券会社で営業として実績を上げた経験、起業準備のため大学で学んだ児童心理学、取得したヘルパーの資格、有限会社の家事代行サービスを立ち上げ経営してきた経験。一見、無駄かなと思うこともNPO法人を立ち上げることで、すべてがつながった。
「今いるスタッフも優秀な人が来てくれましたし、立ち上げのときに協力してくれたメンバーもヘルパーや保育士の資格を持っていたり、昔勤めていた保育園の仲間もボランティアとして入ってくれました。名古屋大学の学生さんや金城学院大学の教授や生徒さんたちなど、どんどん横のつながりが広がってきています」
せっかくNPOというしくみを持てたのだから、地域に根ざした活動をしたいと稲熊さんは考えている。子どもを連れたお母さんが散歩がてらに立ち寄ってお茶を飲みながらお喋りして帰るような、いろんな人が自由に出入りできる場にしたいという。
「世の中のニーズは動いているので、地域の声をたくさん拾うのもわたしの仕事かなと思っています。時代も変われば、人も変わる、流れも変わる。その中で、わたしができることは子育て支援や女性支援。ここで、わたしが応えられることはすべて提供したい」
●障害児は子育ての原点
どうして老人から障害児へ変わったの?反対はしなかったものの夫は稲熊さんに1〜2度、問いかけた。
「夫も事業所の改修や補修を手伝ってくれているんですが、たまたま子どもたちがいるときに夫が来たの。いつもは無表情で歩くこともできない子が、なぜか反応して夫のところまで這っていったのね。そしたら、夫もすごく感動して、かわいい!って」
夫の身近に障害児がいなかったため、どこかしら先入観があったのかもしれないが、そのイメージが一気に変わったという。
障害児といっても肢体不自由の子や知的発達障害の子、ダウン症や自閉症の子どもたちなど、症状や程度は一人ひとりみんな違う。社会に出たときに少しでも生きやすくなるように、機能訓練や集団生活適応訓練を遊びを通して身につける。
「言葉を持たない子も多く、わかってもらうにはどうしたらいいか、一生懸命に考えるし、努力を惜しみません。本当に心がきれいになります」
自閉症の子どもに“ダメ”は使えない。パニックを起こしてしまうからだ。「下に座りましょう」「おもちゃで遊びましょう」といった肯定の言葉に置き換える。
「それって普通の子育てのときにも、すごくいいことなの。なんでわからないの!わからないあなたがダメ!って子育てはなりがちですが、ぜひ子育て前の若い人に障害児と接してもらいたいですね。人間と人間との接し方を学ぶから、いいお母さんになれますよ」
わかっているつもり、いったつもりというのが大人の世界にはたくさんある。コミュニケーションの原点がここにはある。
障害児が生まれて一番ショックを受けるのが母親だ。どうして自分から生まれてきたの?そんな思いも受け止めていくことも、稲熊さんたちの大事な仕事だ。
「お母さんたちがまずは自分と子どもを認めないと、愛情をもって子どもたちを可愛がることはできません。だから、障害児だけでなく親のサポートもこの仕事は切り離せないんです」
お母さんたちはみんな頑張っている。頑張っているからこそ、自分の楽しい時間を持ってほしい。子育てに疲れて怖い顔をしているお母さんより、リフレッシュして明るくニコニコしているお母さんのほうが、子どもに対してやさしくなれる。
「たし自身が頑張り過ぎたお母さんだったんです。だから、全部自己反省。これまで培ってきたことをここで、残りの人生ですべて放出したい」
家事代行という女性支援から、地域に根ざしたコミュニティビジネスへ自然と事業の形が進化してきた稲熊さん。人との出会いとつながりが一段と輝き始めた。
取材・文/ほしかずみ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
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