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東京の日本橋、大阪の船場に並ぶ日本三大繊維街の1つである名古屋長者町繊維街。繊維街として栄えたのは戦後だが、その歴史は400年余り前の「清洲越」から始まる。名駅と栄の中間という好立地に位置しながら、最近は事業店舗数や面積が減少。各地の停滞する商店街と同じ課題を抱えている。
「学区の小学校の全校生徒数が62人。都会の過疎地ですわ。昔は若い見習いが住み込みをしていたので、夜も人が住んでいましたが、今は夜になると人もいなくなり、隣の繁華街の車がズラリと並びます。とても安心・安全な街とはいえません」
名古屋で生まれ育った田中亨さんは、この長者町繊維街で和雑貨・呉服の卸を営む「田中政商店」の2代目経営者。現在は3代目が店長として店を切り盛りしているが、今でも目利きは田中さんの重要な仕事の1つだ。
「われわれの仕事は、和雑貨や和小物を主に東海3県の商店街にある商店に卸すことなのですが、最近は商店街に元気がなくなってきて、商品をお得意さまのところに持っていってもなかなか売れません。そこの地域に、“生きる”“暮らす”“働く”というコミュニティがないと、モノは流通しないんです」
●地域を元気にしたい
愛知中小企業家同友会で地域活性化委員会という専門委員会の委員長をしていた田中さんは、どうしたら地域が活性化するか、メンバーと検討を重ねていた。
「ひと・もの・かねを循環させようとすると、最終的にいつも金融の問題にぶつかりました」
当時、銀行による貸し渋りが社会問題になっていた。そんなとき、CRA法(地域再投資法)を知る。アメリカでは、地域で集めたお金を地域に還元する法律があった。その日本版が必要と考えた田中さんは、中小企業家同友会が進めていた金融機関がどれだけ地域に還元したかを格付けする「金融アセスメント法」を成立させる運動に加わった。法制定運動は全国へ波及し、全国101万名の国会請願署名を集める広がりとなった。
「これはまだ道半ばで継続中ですが、一方で自分たちのための金融組織をつくれないかと考えはじめ、コミュニティバンク研究会というのを5年前に立ち上げたんです」
日本ではあまり知られていないが、アメリカの銀行のほとんどがコミュニティバンクなのだという。支店のない地域単体の銀行や、住宅ローンなど専門分野に特化した銀行など、地域に必要なお金を貸すための銀行が多くあるというのだ。
「メガバンクのイメージしか浮かばなかったアメリカに、コミュニティバンクがこんなにたくさんあるのなら、日本でできないはずはないと思ったんです」
本来、地域のための金融組織である信金信組はコミュニティバンクだ。ところが、バブル時やその後の金融再編の動きの中で、地域のための金融機関としての健全性や持続性が損なわれてしまう図式が見られた。
「われわれは信金に取って代わるつもりもなくて、仲間うちでお金を集めて融資したり、設備資金を出し合ったりして仕事を回して地域経済を活性化しようという発想なんです。仲間うちだから、人物評価もできるし、事業の方向性もわかる。目利きの先見性が出てきます。地域経済の源は中小企業です。ここに回らないと地域も回らない。だから、われわれが中小企業のための金融組織を自分たちの手でつくろうと思ったんです」
地域にお金がないわけではない。日本の貯蓄率は世界一で、しかも愛知県は全国的にも預貯金の多い地域。だが、それが眠っている。活用するシステムがないのだ。
「みなさんは、銀行や郵便局に預けた自分のお金がどのように使われているか知っていますか?われわれは、預かったお金は必ず中小企業支援やNPO、コミュニティビジネスといった地域に必要な事業のために使い、公開もします。何に使われているかわからないところへ預けるより、使い道の見えるところに預けていただいて、それを活用すれば、地域が元気になるのです」
●全国初の株式会社のコミュニティバンク
11月19日、愛知コミュニティバンクの開業に向け、母体となる「地域資源ネットワーク」を設立した。
「これは起業支援ネットが提唱している地域資源バンク構想に共感し、共に歩むという意味も込めてこの名称にしました。代表の関戸さんにも設立呼びかけ人に加わってもらっています」
現在、国内にはこうした草の根バンクが10程度あるが、すべてNPO法人または民法上の組合で、株式会社というのは全国初だ。
「継続的・長期的にやりたかったから、法人格は必要だと考えました。株式会社にしたのは、中小企業に融資したかったからです。地域性や社会性を重視するので儲かりませんから、営利目的にはならないです(笑)。もう一つの大きな特徴は継続出資を求めること。運営にも継続的に関わってもらいたいから、1回出資して終わりではなく、継続して出資をしてもらいます。会員の新事業や創業資金として融資しますが、金額が大きい場合、地域の金融機関と連携して融資ではなく“投資”するのもほかの市民バンクと違うところです」
人口減少時代に入り、マーケットは縮小する。このコミュニティバンクは単にお金を貸すだけでなく、新しい商品・製品開発にも関与していくことになる。
「スーパーができて、みんながそこで買い物をしても、少しの地方税とパートさんの給料だけが地域に残り、あとは全部本店に持っていかれてしまう。スーパーは儲かっても地域は疲弊する」
錦2丁目街づくり連絡協議会の調査研究委員長もしている田中さんにとって、コミュニティバンクと街づくりの活動は、地域を活性化するシステムをつくったり、コミュニティを形成するという意味では同じだという。
「うちの設立の少し前に、同じ愛知県でコミュニティ・ユース・バンクmomoが立ち上がりました。momoさんは20〜30代を中心とした若い世代が中心のコミュニティバンク。関戸さんもおっしゃっていましたが、窓口はいろいろあっていいと思うんです」
経営者は常に日々の判断と決断が求められる。そのために、田中さんは日ごろから人の意見をよく聞くようにしているという。
「小学校のときの先生が、どんな子からもちゃんと意見を聞いたんですね。決して叱らず、相手を尊重し、まず理由を聞く。分け隔てなく子どもを平等に扱ってくれた経験が小さいながらも体感として残っていて、経営者となった今に生きています」
地域を元気にする「株式会社愛知コミュニティバンク」は来年2月に開業する。目標会員数は1,000社以上。理念を行動へ。読書とクラッシック音楽と山登りが大好きな商店街の2代目経営者は、繊維問屋の街で毎日いきいきと暮らし、元気に働いている。
取材・文/ほしかずみ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
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