感謝して前進/aile200605

木村 貴志世さん
雅寿仔(まさとこ)夜間保育所

1953年名古屋市生まれ。短大卒業後、私立幼稚園に勤務。結婚・出産後は公立保育園などの臨時職員として3年ほど働く。その後、元勤めていた幼稚園に再就職。起業準備のため48歳のときに退職。2004年3月、名古屋市北区柳原商店街の空き店舗を利用して雅寿仔夜間保育所をオープン。生後6ヶ月から小学校低学年までの子どもを深夜1時まで預かり保育をする。
保有免許・資格/幼稚園教諭2種、保育士、ヘルパー2級、食品衛生責任者

雅寿仔夜間保育所
〒462-0845
名古屋市北区柳原1-26-2
TEL&FAX.052-911-5831
URL…http://www.h6.dion.ne.jp/~masatoko/
E-mail…kishiyo@r5.dion.ne.jp
事業内容
働く女性を支援する夜間保育所(月極保育・一時保育)
事業コンセプト ●お母さんが働いていたっていい子は育つ
●お母さんの心がその子を変える
事業理念 ●働きながら子育てをしているお母さんのサポート役であり、能力ある女性は育児しながらでも社会に貢献できるよう応援する
●働きながら子育てをするお母さんとともに喜び・悩みを共有し、ともに成長する場をつくる

感謝して前進

 夕方になるとシャッターが開き、電飾看板が深夜まで商店街を照らす。全面ガラス張りの開放的な室内。フローリングの床の上を気持ちよさそうに寝転がって遊ぶ子どもや、天然木の作り付けの棚から思い思いのオモチャを取り出す子どもたちの姿が外からもよく見える。開所して2年、雅寿仔(まさとこ)の名が少しずつ商店街や地域の人々の間で知られるようになってきた。

「最初は何と読むかわからないと言われましたが、雅子さまの“まさとこ”ですよと説明すると、ほーかねと一度覚えてもらうと頭に残る名前みたいです」

 51歳になったら自分で何かを始めたいと考えていた木村さんは、勤め先の幼稚園の先生や母親たちの声を時代の流れと重ねあわせた。女性が社会に進出する時代になり、一方で離婚やシングルマザーも増えている。彼女たちが助けを求めても現状の受け皿だけでは救いきれない。彼女たちを何とかしたいと思ったとき、木村さんの中では直感的にそれは夜だと思った。昼間の保育所はたくさんある。昼間以外の保育を求めている人や、何らかの理由で育児に困っている人がいるのなら、自分がやろう。起業の柱を夜間保育にしぼった。


「本当に困るのは夜なんです。看護師の方や夜に仕事をされている方、資格取得の勉強中などさまざまなお母さんが利用されていますが、雅寿仔を立ち上げて改めて夜間保育の必要性を実感しました」

 保育時間は夕方から深夜1時まで。保育が終わって南区の自宅に帰ると、就寝は午前3時ごろになることが多い。
雅寿仔を始めて昼夜逆転の生活となった。平日、夫と顔を合わせることがない。

「そこで始めたのが手紙の交換です。その日の出来事や伝言、おかずのリクエストなど手紙に書かれていて、わたしはそれを読み返事を書いて仕事に出ます。平日は手紙だけでつながっているレター夫婦です」

 月〜金は手紙中心。その分、日曜日は一緒に出かけたり食事をしたり、同じ時間を過ごす。夫婦の基盤はある程度できているので、一緒にいる時間の長さではなく、質の深さを大切にしている。

「雅寿仔をやるようになってから、夫に感謝することが多くなりました。起業するということは、誰かや何かが犠牲になります。わたしの場合は夫でした」

 夫がいるから雅寿仔ができる。ほかにも起業して初めてわかったことがたくさんあった。“ありがとうございます”木村さんからはいつも感謝の言葉が溢れる。

「わたし自身、仕事をしている間、母が娘を見てくれていました。仕事を続けようと思ったら絶対に誰かのサポートが必要なんです。自分がその立場にいたから理解できる。だからこそサポートする側になりたかったんです」

起業支援ネットとの出会いそして起業

 幼稚園を退職後、1年間は休養も兼ねて、図書館や市の主催するエアロビクスのクラスに通ったり、映画を見たり、体の喜ぶことを自分に与えた。2年目は、母子寮の臨時職員や介護の会社の事務仕事をするなど起業にプラスになることを体験した。そして、3年目。たまたま隣接する緑区の生涯学習センターへ足を運んだ。そこで目にした起業支援ネットのセミナーのチラシ。これも1つの勉強と思い、申し込んだ。

「このセミナーがわたしを変えました。関戸先生にお会いして、同じく起業を目指す志の高い仲間と出会い、わたしの中で何かが“ポンッ”とはぜ、スイッチがON!ゴォ〜〜といろんなものが回り始めました。起業支援ネットのブラッシュアップセミナー、商工会議所や愛知県のセミナーなど、いろんなところに出向き勉強させてもらいました。そこでのすてきな先生や仲間との出会いが、雅寿仔を始める基礎になったんです。起業支援ネットはわたしの能力を引き出してくれた場所でした」

 あるセミナーで大手スーパーの人が木村さんに言った。

「うちにはたくさんの女性が入社してくる。なかには磨けば光る女性社員も必ずいる。しかし、会社のために仕事をしてくれそうな女性たちが結婚し、子どもができるとみんな辞めてしまうんだ」

 そんな言葉を聞いて心が痛んだ。仕事のできる人には、社会のためにも長く働いてもらいたい、社会に貢献してほしい、木村さんはそう願ってやまない。そのために、子育ての時期だけが問題なのだ。

「ここさえクリアすれば、仕事を続けられるし、社会にとってもプラスなことです。雅寿仔は働きながら子育てをしているお母さんの癒しの場であり、能力ある女性を子どもがいても社会に貢献できるよう応援したいんです」

たくさんの宝に囲まれて…

 長年勤めた幼稚園の職員室には、数えきれないほどのドラマがあった。お母さんと長時間個人面談をしている若い先生を待っていたら、泣きながら職員室に戻ってきたり…。木村さんはそんなとき、いつも「どうしたの?」「大丈夫だから」「心配しないで」と先生たちの話に耳を傾け、気持ちを受け止める。

「幼稚園を辞める最後の日、新学期の準備をしている先生たちの部屋を回ってお饅頭を差し入れしたあと、放送室からお別れの挨拶をしたんです。そしたら、保育室から先生たちが一斉に集まってきたんです。走り寄って、わたしの回りを囲んで『木村先生ー』と、もう声にならない。ただ泣くばかり…。わたしは、ただただ、彼女たちが愛おしくて、涙が止まりませんでした」

 木村さんは若い先生たちの想いを知り、そんな彼女たちに助けられながら23年間幼稚園で仕事ができたことを、とても幸せだったと振り返る。
 子育ては粘土みたいにやり直しはできない。だから、怖いし、やりがいもある。そこをお母さんにも認識してもらいたいと木村さんは言葉に力を込める。


「子育てに必要なのは愛情とブレーキ。愛情を一生懸命かけながら、やっていいことといけないことを教え、きちんと叱る。いいのかいけないのか相手の気持ちを考えて自分で判断できる子であってほしいんです」

 子どもは母親の姿をよく見ている。だからこそ、お母さんには笑顔で子どもに接してもらいたい。そのために、迎えに来たお母さんにお茶を出し、一緒に話をする。そんな繰り返しを重ねて、お母さんと子どもが成長するのを手助けしている。

「教え子が成人式の帰りに家に遊びに来たり、結婚式に呼んでくれたりするんです。そんなわたしを後ろからずっと見ていた当時小学生だった娘が、ある日突然言ったんです。『わたしはお母さんを越えたい』そして、3年前、小学校の先生になりました」

 人を育てることは生きがい。そして、素敵なこと。木村さんは毎日子どもやスタッフとともに学び成長していきたいと願っている。

「大人になっても会いに来てくれたり、若い保育士や保育科の学生の子たちがわたしについてきてくれる。わたしは指導もするけど、たくさんのものを子どもたちやスタッフからもらっています。だから宝なんです」

 木村さんの目標は、雅寿仔の10周年をホテルで行い、巣立っていった子どもたちとお母さんたちを招くこと。


「そのためにも、一人でも多くのお母さんに雅寿仔を知ってもらい、いつも予約でいっぱいの雅寿仔にしたい」

 ここまできたら、もう後戻りはできない。木村さんは雅寿仔を支えてくれるすべての人に感謝しながら、前進し続ける。




取材・文/ほしかずみ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)

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