●長く思いっきり生きる
一歩店内に入ると、からだに優しい食材や調理道具、本などがぎっしりと並んでいる。決して広いとはいえない店舗だが、なぜか圧迫感はなく、むしろほっとする空間だ。そして、奥からは午前中の料理教室のなごりだろうか、ふんわりと美味しそうな匂いが。
ここ「自然食BIO」は、2004年9月にオープンしたマクロビオティックのテーマショップ。厳選された食材や調理道具・雑貨のショップと料理教室が併設されている。夫の大島吉騎さんが店主、妻の弘鼓さんが料理教室の講師として、役割分担をしながら二人三脚で歩んでいる。
マクロビオティックとは「macro(大きな、長い)+bio(生命)+tic(術・学)」のことで、「思いっきり長く生きるための理論と方法」のこと。言いかえれば、日本古来の東洋的な考えを見直し、地産地消を基本とした安心・安全な食材を使った、日本の気候風土に合った穀物菜食の料理法だ。
今や、BIOの店主として仕入れから接客、広報までこなす吉騎さんは、長年、大手自動車会社関連の製造メーカーで働く管理職だった。
「毎朝7時前に家を出て、深夜に帰宅する生活。典型的な猛烈サラリーマンでしたね」
と当時を振り返る。
一方、食べることや食べ物が大好きという弘鼓さんは栄養士として働いていた。
「中学生の頃にマクロビオティックに出会ってはいたんですが、それよりは西洋的な理論を中心とした栄養学を信じていたんです。でも総合病院の栄養士として働いていたときに現代医療の限界とか、それを『食』でサポートすることの限界を感じ始めて・・・」
自分自身の妊娠中や子育てに、“ものは試し”と軽い気持ちでときどきマクロビオティックを取り入れてみた。その中で効果を実感し、次第にマクロビオティックの素晴らしさに目覚めていったという。
「最終的には、東京の学校にも通い、講師の資格もとりました」
自宅で始めた料理教室も好評で、文化センターでの教室も合わせると生徒は100名を越えるようになった。
●生きることと働くことを近づけるための「起業」という選択
そんな弘鼓さんを見ながら「定年退職したら自分も手伝ってもいいな」と思っていたという吉騎さんだが、次第に【働いているときの自分】と【家庭でごく自然にマクロビオティックの世界になじんでいる自分】とのギャップに苦しむようになった。
「会社では、部下には効率や生産性を求めて厳しく接することが求められますよね。自分の仕事が地球環境にどんな影響を与えるかを本当はもっと真剣に考えて手を打っていかなきゃならないのに、組織の中ではいつも後回しになってしまうし」
そんな吉騎さんに弘鼓さんは声を掛け続けた。
「会社なんて辞めちゃえ、辞めちゃえって(笑)」
料理教室の生徒はどんどん増え、ニーズは実感していた。しかし、貸し会場での教室は、調理道具や食材をその都度運ばなくてはならない。また、その食材も手に入りにくいものが多く、準備にも時間がかかる。
「自分のところで食材が調達できて、料理教室もできたらどんなにいいだろうって。でも、私は性格上講師はできても経営はできない。細かい数字とか見ると、頭が痛くなっちゃうし(笑)。その部分を夫に手伝ってもらえたら、と。だから一緒にやろうよといい続けました」
そしてとうとう吉騎さんは、退職する決意を固めた。自ら望んだこととはいえ、所属も肩書きも収入も失うという現実には、しばらく落ち込んだという。
「子どもも三人いて学費はかかるし、家は建てちゃってローンはあるし、先は見えない。これから一体どうなるのかと不安で仕方ありませんでした」
ちょうどその時期に、オーガニックレストラン「空色まが玉」を経営する谷陽子さんの紹介で起業支援ネットに相談に訪れた。
「関戸さんも、あまりにも落ち込んでいる僕を見て、“大丈夫なの?”という感じでしたね。経営の知識もなく“損益分岐点は?”と聞かれても“損益分岐点ってなんですか?”という感じで(笑)まぁそれも無理もないかなと」
●元気の源を大切に
「でも、困っていると不思議と人が助けてくれるんですよ」
と弘鼓さん。吉騎さんも
「そう、何もなかったからこそ人のつながりの大切さを実感することができたんだと思います」
と頷く。それから約半年後、2004年9月に念願の店舗をオープンした。料理教室は盛況だったが、食材店は思うように集客できず、苦しい日々もあった。が、商品数を増やしたりする中で、「何か手を打てばお客さんは増える」という手応えは感じたという。
「レジに座ってじっとお客さんや商品を見ていたら、商品の動き方やお客さんのニーズ・・・、いろんなことがわかってきました」
店が軌道に乗り始めた今、次の夢は拠点をもう数箇所増やすこととカフェを開くことだ。
「今、自分の生き方や暮らし方に悩んだり苦しんだりしている人が多いでしょ。でも、角度を変えれば新しい世界が見えてくると思うんです」
一人一人が真から生かされるお手伝いがしたいというのが大島夫妻の根底に流れる想い。人が楽しく集うことができ、何かしてもしなくてもほっとくつろげる居場所づくりが次の目標だ。
「とりあえず口に出して言ってみちゃうんです。そうすると、不思議とそうなっていくものなんですよね」
自然な形で役割分担をしながら、同じ方向へ向かっている大島夫妻。例えていうなら、吉騎さんはすべてをおおらかに受け止めていく大地。そして弘鼓さんはエネルギーの源である太陽。それぞれの役割を果たし、循環しながらすべての命を育んでいくように、食べることを通して一人一人の元気を応援する二人の取り組みは、これからもゆったりと育ち続けていくことだろう。
「起業するために大切なことは、自分の内面から湧き出てくる元気の源を見極めること」
と語る吉騎さん。
心からやりたいと思えることを見つけたその横顔は、静かで穏やかな豊かさに満ちている。
取材・文/久野美奈子 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
|