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Paper newsletter

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会報誌バックナンバー vol.85
一般社団法人SR連携プラットフォーム
代表理事 関戸美恵子さん
専務理事 森 健輔さん

会報誌バックナンバー vol.84

卒業生、起業の学校を語る


※以下のリンクは過去のホームページに
アクセスされます※


会報誌バックナンバー vol.83

NPO法人アレルギー支援ネット

事務局長  中西里映子さん

会報誌バックナンバー vol.82

NPO法人ボラみみより情報局

代表 織田元樹さん

会報誌バックナンバー vol.81

NPO法人りあらいず和

理事長 山口佐織さん

会報誌バックナンバー vol.80

NPO法人大杉谷自然学校

校長 大西かおりさん

会報誌バックナンバー vol.79

NPO法人すみれ

代表理事 五十川うたえさん

会報誌バックナンバー vol.77

風の交差点風”s

土井ゆきこさん

会報誌バックナンバー vol.76

写真工房ゆう

河内裕子さん

会報誌バックナンバー vol.75

株式会社ピー・エス・サポート

代表取締役 村田元夫さん

会報誌バックナンバー vol.74

NPO法人ひょうたんカフェ

代表理事 橋本思織さん

副代表理事 井上愛さん

会報誌バックナンバー vol.73

【番外編】LOHAS love LOBAS

会報誌バックナンバー vol.71

株式会社コミュニティタクシー

代表取締役 岩村龍一さん

会報誌バックナンバー vol.70

NPO法人あっとわん

代表理事 河野弓子さん

会報誌ナックナンバー vol.69

NPO法人楽笑

理事長 小田泰久さん

会報誌バックナンバー vol.68

ショクバイ.com

代表 大橋猛さん

会報誌バックナンバー vol.67

株式会社武田商店 おそうじまま

代表 武田陽子さん

会報誌バックナンバー vol.65

NPO法人我がまちの縁側

代表理事(当時) 酒井まゆみさん

会報誌バックナンバー vol.64

株式会社インサイト

関原深さん

会報誌バックナンバー vol.63

株式会社鶴田商会環境事業部

エコブランチ 鶴田紀子さん

会報誌バックナンバー vol.62

パブリック・ハーツ株式会社

代表取締役 水谷香織さん

会報誌バックナンバー vol.61

ライター&キャリアカウンセラー

戸田智弘さん

会報誌バックナンバー vol.59

社会福祉法人あじさいの会

理事長 脇田順子さん

いのちが輝く「食」を目指して ~「ナチュラルフード緑のテーブル」がはじめた歩み~

会報aile86号(2012年9月号)

 

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毛利有香さん

ナチュラルフード緑のテーブル代表・フードコーディネーター


石川県金沢市出身。金沢調理師専門学校卒・調理師。

NPO法人日本フードコーディネーター協会認定フードコーディネーター。

イタリア料理店勤務、料理教室・パン教室の主宰等を経て、地元の農産物を使った

地産地消カフェを計画中に難病を患い、療養を余儀なくされる。

その後奇跡的に完治。自身の闘病経験により医療現場における食の問題に気づき、

2012年6月「ナチュラルフード緑のテーブル」を起業。

   
   

取材にお邪魔したのは、夏の終わりを思わせる8月末の昼下がり。澄んだ空の青と雲の白、そして、連なる山並みと畑の緑のコントラストの中に一軒の小さな家屋がある。2012年6月にオープンしたばかりの「ナチュラルフード緑のテーブル」(岐阜県山県市)の工房だ。


緑のテーブルは、現在大学病院で働く医療関係者(主に女性医師)を対象としたヘルシー弁当の配食サービスに取り組んでいる。地元岐阜県で育まれた野菜をふんだんに使い、見た目にも美しい。食べることの喜び・楽しさと栄養バランスの両方にとことんこだわったお弁当だ。「おかげ様で好評をいただき、少しずつご注文も増えてきています」と話すのは代表の毛利有香さん。この事業に込めた想いを伺った。


「食」に目覚める

毛利さんが生まれ育ったのは、石川県。すし職人の祖父、経営者だった祖母、そして女手ひとつで毛利さんを含む3人の子どもを働きながら育ててくれた母から大きな影響を受けたという。「とにかく会社を興すのはいいことだ、と幼いころから聞かされていて(笑)。社会のためになることをしなさい、お金は困っている人のために使いなさい、大人になったら経営者・公務員・先生のどれかになりなさいと言われて育ちました」。

 

子どもの頃、たまに毛利さんがお菓子や料理をつくると、母親がとても喜んでくれた。「料理にはこんな風に人を喜ばせる力があるんだ!と感じた原体験だったと思います」。

 

なんとなく料理の道に進むのかな…、と漠然と考えていた高校生のある日、カフェめぐりをしていた毛利さんが惹きつけられた一軒の店舗があった。「イタリア料理店だったんですけど、すごくいい匂いがして、ふと店内を見ると綺麗なお姉さんたちがとても幸せそうに料理を食べている。ここで働きたい!って思って突撃しました(笑)」。

 

気が付くと、「わたしも将来自分の店を持ちたいので、ここで働かせてください!」と口走っていた。調理補助としてアルバイトをした日々を、「本当に楽しかった」と振り返る毛利さん。もちろん厳しさもあったが、はじめて知る食材や調理法に目を輝かせる日々だった。

 

その後、調理師専門学校に進学し、調理師免許を取得。並行して飲食店で経験を積んでいたが、激務がたたって体調を崩し、一旦療養も兼ねて営業事務の仕事を経験。そのときに夫に出会い、22歳で出産。出産後も飲食店で働こうと考えていた毛利さんだったが、お子さんに重度のアレルギーがあり、すぐに外で働くことは難しいと考え、アレルギーのお子さんを持つ母親のサークル活動に力を注いだ。マクロビオティックを学んだのもこのときだ。「子どものおかげで、今まで知らなかったことをたくさん学ぶことができました。元気な食べ物を食べると人も元気になるんだということを、痛切に感じた経験でもありました」。

 

 

地域と向き合う勇気・地域で生きる覚悟


その後、夫の仕事の都合で岐阜に移り住んだが、お子さんのアレルギーが落ち着いてきたこともあり、カフェを開きたいと考えるようになった。八百屋やコーヒー焙煎工房で働いたり、イベントに野菜料理で出店したりしている中で、ぽつりぽつりと料理教室や商品開発の相談も舞い込むようになっていた。

 

一方、生まれ育った場所を離れての岐阜暮らしには、人間関係も含めて様々な葛藤があった。郷土料理とパンづくりを学ぶためにドイツに渡り、1か月ほど修業をした折には、もうこのままドイツで起業しようとまで思ったそうだ。

 

が、ドイツ人の友人の言葉がそんな毛利さんに新たな転機を与える。「友人は“わたしたちはこの村で採れた食材しか口にしない。大地の恵みは神様からのプレゼントだ”と言ったんです。その土地で採れたものを感謝しながらいただくという姿はとても自然体で、衝撃的でした」。それに引き換え、自分は今暮らしている土地のことをちゃんと理解しているのだろうか。感謝しているのだろうか。そう感じた毛利さんは、一度岐阜という場所ととことん向き合おうと決意する。そんな目で周りを見渡してみると「岐阜にもたくさんの素敵な農家さんがいて、たくさんの美味しい野菜があったんです!」。

 

地元の野菜を使った地産地消カフェを開業しよう、フェアトレード雑貨や障碍のある方がつくった小物も置きたいな…、そう思った毛利さんが次に向かったのが、ウィルあいちで実施していた「女性のための起業相談」。相談員は、起業支援ネットファウンダーの関戸美恵子が務めていた。意気揚々と自分の構想を語る毛利さんに関戸が言った言葉を毛利さんは今でも覚えているという。「“あなた、そのお店のことを自分の店だと思っているでしょ”と言われたんです。でも、全然意味がわからなくて。だって自分の店だし、地域にいいこともしているし、何がいけないの?というのが率直な気持ちでした」。ただ、毛利さんはわからないことをそのままにしたくはなかった。関戸の言葉の本当の意味が知りたい。そう思い、起業の学校への入学を決意した。

 

 

闘病の中から見つけた自分の使命


起業の学校の入学を心待ちにしていた頃、毛利さんに次なる転機が訪れた。何日も高熱が続き、診断を受けると100万人に1人と言われる難病であることが分かった。入院・療養を余儀なくされてしまったのだ。話すことも立って歩くこともままならない状況の中、毛利さんはあることに気づく。「大学病院の中には女性医師も多く、不安な入院生活の中で、女性の持つあたたかさ、やわらかさに何度も励まされたんです。一方で、そんな女医さんたちが食事をとる暇もないほど忙しく働いていることがずっと気になっていました」。

 

もうひとつ、患者という立場で気づいたこともある。「どうしても元気になりたかったので、入院中に出される食事も残さないよう頑張って食べていたんです。でも、病院食はカロリーも栄養も完璧なはずなのに、愛情やパワーを感じることができなかったんです」。一生懸命つくってくださっていると思うのですが、と毛利さん。

 

幸い、1年半ほどの療養を経て、病気は奇跡的に完治。毛利さんの中に、「いつか病院の食事を何とかしたい、何とかしなければ」という新しい夢が芽生えた。

 

その後、起業の学校7期に入学したものの、当面は療養生活を支えてくれた家族との時間を大切にしたいと考え、「起業はまぁボチボチとできることをしていけばいいかなというのが本音でした」。当時、少しずつレシピ開発や料理教室の仕事が入って来ていたので、その仕事の在りようを整理できればそれでいいと思っていた。

 

だが、起業の学校の同級生に何気なく「いつか病院食を変えたいと思っている」という話をしたときに、「本当にそれがやりたいのなら、何故今からやろうとしないのか」と問われ、はっとする。家族との時間を大切にしながらも、今の自分で精一杯できることはあるはず。家族を言い訳に、逃げていたのではないか。起業の学校の授業は中盤まで進んでいたが、理念から全てのワークをやり直した。入院中に医師や看護師から聞いていた「コンビニ弁当で済ませることが多い」「食事を取れないことにも慣れてきちゃった」という言葉を思い出す中で出てきたのが「女性医師を中心とした医療従事者を対象とした食事の宅配事業」プランだった。

 

 

輝きの連鎖を目指して


起業の学校卒業後も、起業準備に邁進した。女医さんの協力を得てメニューを共同開発し、食べやすさや注文の仕方についても工夫を重ねた。工房となる物件は、経費をなるべく抑えるため、仲間たちがペンキ塗りや看板作成に力を貸してくれた。野菜の仕入れについても、信頼できる農家の方々が応援すると言ってくれた。

 

「気がついたら、この事業は地域からの預かりものだと考えるようになっていました。昔のわたしは、自分がいいと思ったものを“これいいでしょ!”と押しつけようとしていただけだった。やっと関戸先生が言っていたことが少しわかってきたのかな」。

 

6月からまずは大学病院の一つの科へのランチの配達を実施。「先生方から“食事をすることが習慣になってきた”“生活にメリハリができた”とおっしゃっていただけて、とても嬉しいです。先生方の健康や心のエネルギーはきっと患者さんにも伝わると信じています」。かつて自分が入院していた病棟を、今はランチの配達のために歩く。「多くの方に支えていただいて生かされていることへの感謝が心の奥底から沸きあがってくるのを感じます」と毛利さん。9月からは、病院内の売店での販売も決まった。考えていた以上にスローペースでの立ちあがりだが、その分、小さな改善を積み重ねていくことができる。「それでもふと理念からずれた選択や判断をしそうになってしまうことがあるんです。起業の学校の先生に相談するたびに、そのことに気がついて軌道修正する、そんな繰り返しで3カ月やってきました。」

 

“「食」を通じて地域みんなの健康と喜びに寄与する事業でありたい”という毛利さんの理念は小さくてもきらきらとした輝きを放ちながら歩みを始めた。その一歩をきっかけに、地域の中で輝きの連鎖が生まれるのは、そう遠い未来の話ではなさそうだ。

 

 

(取材・文/久野美奈子 写真/川原利香)

 

事業概要

■ナチュラルフード緑のテーブル

■事業内容

医療従事者の方を対象とした、地元有機野菜をふんだんにつかったランチ(弁当・サンドイッチ)の宅配事業

■事業理念

「食」を通じて地域みんなの健康と喜びに寄与する事業でありたい

■連絡先:
〒501-2104
岐阜県山県市東深瀬1051-1

電話:0581-22-4311

e-mail:yuka358yuka358@wind.ocn.ne.jp

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